旧別子-歩く

旧別子銅山は、銅山峰の南側に位置します。元禄4年(1691)の開坑から明治32(1899)に至る208年の間、銅山の中心でした。
当時山中には鉱山事務所をはじめ、小学校、病院、劇場……があり、約4000人の鉱山集落を形成していました。現在、緑が豊かになった山々には、明治の遺産がひっそりと埋もれています。

 

別子銅山のあゆみ

旧別子-あゆみ1

元禄三年阿波生まれの渡り鉱夫・切り上がり長兵衛が天領であった別子で有望な”やけ”(銅鉱床の露頭)を発見し、備中吉岡銅山の住友家支配人・田向重右衛門に通報したといわれます。
別子へ向かった田向重右衛門は、露頭を見つけ、豊かな鉱脈[長さ東西1500m、深さ海抜1300mから海面下1000mの世界でもトップクラスの大鉱脈]の先端を確認しました。
翌年に別子銅山は開坑され、最初の坑口を「歓喜坑」と名を付け、住友挙げての大事業が開始されました。
採鉱元年の産銅量は約19トンといわれます。
幕府の長崎貿易の代金支払いが銀から銅に変わり、銅が最大の輸出品になると、幕府は鉱山開発に力を注ぎ、元禄時代には日本の産銅量は約6000トンに達し世界最高だったといわれ、別子銅山も開坑からわずか8年の元禄11年に年間産銅量は1500トン以上を記録するなど、当時世界最高の産銅量を誇る銅山でした。

旧別子-あゆみ2

元禄7年に別子銅山の焼き窯から出火した火は、ほとんどの施設を焼失させ、132人の生命をも奪いました。この大火の犠牲者をまつる蘭塔場が、銅山近くの岩山の頂に造られ、毎年法要が営まれていました。
別子銅山は、西条藩の立川銅山と接していたことから、鉱区の境界紛争がたびたび発生していました。別子銅山から天満に至る輸送経路が難路であったこともあり、別子銅山から立川を経て口屋へと至る輸送経路獲得が念願でした。このようなことから、別子銅山と立川銅山を合併した大別子が宝暦12年に実現し、住友の手によって経営されるようになりました。
粗銅や生活物資を運ぶ輸送経路も36kmから約18kmに短縮され、輸送環境は改善されましたが、坑道が深くなるにつれ湧水が増えることによる排水問題など採鉱環境は悪化していました。

旧別子-あゆみ3

明治維新となり別子銅山も幕府との関係から追求を受け、土佐藩による別子銅山の差し押さえなど、住友の経営が本格的な危機に直面することになりました。別子銅山支配人・広瀬宰平は、幕府の銅山を没収しようとした維新政府に、住友のによる鉱山経営が国益に寄与することを説き、住友の経営を守りました。
また、広瀬宰平は、銅山の近代化に積極的に取り組みました。明治7年フランス人鉱山技師のルイ・ラロックを雇い、全山調査の末「別子銅山目論見書」が翌年完成しました。
東延斜坑が明治9年着工、明治28年に完成したのをはじめ、明治12年別子山村に高橋精錬所の完成、明治13年別子~新居浜間の牛車道の完成、明治21年惣開精錬所の操業開始、明治26年上部鉄道[石ケ山丈~角石原 5532m]、下部鉄道[惣開~端出場 10461m]の開通、更にダイナマイト、蒸気巻き揚げ機、削岩機の導入など別子銅山の近代化を進め、産銅量も増加していきました。これに伴い、別子山村の人口も12400人を数えたといわれます。

旧別子-あゆみ4

明治22年惣開精錬所が本格的な稼動を開始すると、煙害問題が発生しました。明治27年広瀬宰平が引退したあと、この問題に取り組んだのがのちの第二代総理事・伊庭貞剛でした。
伊庭貞剛は、煙害問題解決のため精錬所を新居浜沖の四阪島へ移すことにして、明治30年建設着手、明治38年操業を開始しました。しかし、解決するはずだった煙害問題は東予一円に広がるといった、かえって深刻な事態に陥りました。この煙害の克服は、昭和にはいって亜硫酸ガスから硫酸を回収し、肥料を製造する中和工場完成によってからでした。
銅鉱石の採掘場所が下がるとともに、大正5年採鉱本部を東延から東平に移転しました。東平には、採鉱課事務所、病院、学校、接待館、索道、電車駅、選鉱場、神社、寺、販売所、娯楽場、社宅などがあり、山の町といわれるほど賑やかでした。
その後、東延斜坑も閉鎖されるなど旧別子時代は終焉へと向かいました。

旧別子-あゆみ5

昭和5年に、採鉱本部を東平から端出場へ移転し、昭和48年の閉山まで端出場は採鉱拠点となりました。
通算65万トンもの銅を産出し、坑道の総延長約700kmといった大銅山・別子銅山も採鉱場所が海面下1020mに達し、頻繁に湧水と地圧による坑道崩壊の危険性、鉱脈枯渇や銅価格の下落などの影響を受け、昭和48年最後の筏津坑の閉鎖により栄光の歴史に幕を閉じました。

 

[新居浜市総合観光ガイドブックより]

 

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